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狂わすとは?

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こういう話(真偽を追求することじゃなく、その話自体)を見てて何とも言えない暗澹たる気持ちになるのは、それが自分の抱いている、自分自身で最も嫌な妄想を、目の前に引きずり出されてしまったような気持ちになるからだと思った。すなわち、自分とは全く違う世界の住人でありながら、自分の(一般的には蔑まれるタイプの)趣味や考えに理解がある、そんなパートナーと出会い、関係を築き、自分個人としても、またそういう傾向を持つヲタの一人としても、幸せになるという、そんなオイシイ展開を望む卑しい妄想。そんな妄想を抱いている、捨てきれない、自分。まるで鏡を突きつけられたような。これ以上に嫌なことはない。
児童ポルノ撲滅のため、ヲタ向けのロリエロマンガも規制・廃絶するべきだ、という声を最近よく目にする気がする。それと同時に、ぼくとつで誠実な人が幸せになったり、オタクが普通の女と結ばれたり、そんな恋愛ドラマが最近もてはやされている。どうやら世間は、「現実には絶対にあり得ない妄想」ほど危険なもので、「現実にあり得そうな話」の方が望ましいものだという風に評価しているようだ。
だが僕は、「現実にあり得そうな話」の方が、より多くの人を虜にし、駄目にして、人生を狂わせ、不幸にするのではないかという考えを持っている。爆弾をばらまくという意味ではなく、社会を静かに腐らせていくという意味で、危険だと思う。何故そう考えるのかを、ここに記しておきたい。
「ちょびっツ」よりも「ラブひな」が、「ラブひな」よりも「BOYS BE...」が、「BOYS BE...」よりも「電車男」「アルテイシア日記」が、僕にとっては目を背けたく感じられるのは、後者ほど(絵柄その他の表現において)その妄想がより強くリアルに具現化されているからだ。この感覚はおそらく「一般人」には理解しがたいものだろう。
一般的には後者の方がより受け入れられやすくて、前者、つまりディフォルメが進んだいわゆる美少女ものになっていくほど、嫌われる傾向にあると思う。「こんな目の大きい妄想バリバリの美少女絵は気にくわないし、こんなものを好むなんて異常で、危険だ。けど、こっちの、デッサンがきちんとしてて目も小さめで『本物』に近く描かれてるものだったら、まだ許容できるし、正常に近くて、安全だ。」みたいな。僕は、それはヲタの何たるかを全く理解していないから生まれる誤解だと思う。
ところで、ここで言っている「リアル」「リアリティ」というのは、心理面ではなく物理面での事だということを改めて強調したい。
「ベルセルク」でいくら人物の心理が真に迫っていたとしても、魔法があったり魔物がいたりというその物理的状況があり得ないのだから、これは僕は「リアルだ」とは思わない。それに対し、「BOYS BE...」で登場するヒロインがどんなに男にとって都合の良い言葉しか吐いていなくても、「普通っぽそうな(しかし、それなりにかわいいめの)外見の女の子が」「普通の学校に通っていて」「普通の男と恋愛している」という状況は物理的に充分あり得るのだから、「リアルだ」と思っている。そういう話だ。
じゃあ、ストーリーや心理面はさておくとしても、稚拙な文章だけで構成された「電車男」は、整った絵の「BOYS BE...」よりも「リアル」なのか? 僕は、元々の「電車男」が「文字だけの表現」であったことが「最高のリアリティ」に繋がっていると考えている。映画の画面上で主人公が耳に息を吹きかけられる映像を見るのと、「突然、彼の耳に生暖かい息が吹きかけられ、彼は背筋をこわばらせた」という文章を読んでその状況を想像するのと、どちらがより生々しくリアルに感じるだろうか。そういう話だ。
そもそも、物語というのは「状況」と「心理」のどちらかが「あり得ない」ものでなければ面白くない。状況も至って普通、心理的にも至ってありふれている、そんな風景を描いたとして、そんなものが面白いだろうか? 物理的にあり得ない状況を描いたマンガで心理描写がやたらに現実的だったり、物理的にはあり得そうなのに登場人物達がことごとく異常な行動をとっていたりというのは、エンターテインメントの作劇なら別におかしくも何ともない。
物理的あり得なさ、例えば魔法が使えるとか、魂をデジタル化してコンピュータの中に入り込むとか、そういう種類の「現実とのギャップ」は、絶対に覆せない。だが、「出会って一目でベタボレ」とか「相手が心変わりせずにずっと好いてくれている」とか、そういう精神的なあり得なさは、もしかしたら「あり得る」ものかもしれない。何らかの理由で心底惚れ込むようなことは、かなり確率は低いとはいえ、全くあり得ないとは言い切れない。あるいは、精神に障害を抱えているとそうなることがあるかもしれない。
このことを踏まえると、「物理的状況はあり得ないけど精神的にはあり得そう」な物語が現実になることは、依然として絶対にあり得ないのに対して、「物理的状況はあり得るが、精神的にはちょっとあり得なさげ」な物語が現実になることは、理屈の上では、もしかしたらあり得るのかも知れないのだ。それが落とし穴になる。
「認識している現状と、理想的な状態との間の隔たり」。問題解決の用語でいえば「問題」。理想と現実とのギャップは、それらの間が近ければ近いほど、且つ、その間に決定的な壁があればあるほど、「乗り越えられるはずなのに乗り越えられない」ということで、強く感じられる。
例えば、自分はどうしようもない駄目ヲタでひきこもりなのに、うり二つの兄弟はエリートで人生の成功者になっている、といった状況などはその典型だろう。「兄弟」という自分に非常に近い存在が、自分には決して手の届かないものを手に入れているという事が、この例では何よりもダメージが大きい。それはやがて歪んだ憎しみに変わっていく。「なんでこいつばっかり幸せで、俺は幸せじゃないんだ。こいつと俺との間にそんなに違いはないはずなのに。」
それに比べれば、剣と魔法のファンタジーの世界で勇者様がどっかの国のお姫様と結ばれるなんてのは、自分とはあまりに遠い世界の話すぎて、もはやギャップを感じることすらできない。「いやあ、やっぱヒーローは凄いよね、超人だもんね。まあ俺とは関係のないことだし。そっちの世界で勝手に幸せになってて下さい。」
美少女関係のヲタは、達観して妄想を妄想と割り切れば割り切るほど、興味の対象がディフォルメされたものに推移していく(と思う)。
僕らは「モテない自分の目の前に理想の異性が現れて自分のことを好きになってくれる」なんてオイシイ状況が現実にはあり得ないと知っている。だから僕らは妄想と現実を切り離し、妄想は妄想として楽しむべく、「ある日突然女神様が現れる」とか「ある日突然コンピュータの画面の中から美少女が飛び出てくる」とか「ある日突然女しかいない異世界に迷い込んでしまう」といった、理論的に絶対にあり得ないシチュエーションを前提にして話を考える。
逆に、妄想と現実を混同し、「俺の人生にもいつか本当にこんなオイシイ展開があるはずだ……!」という期待をしていると、考えるシチュエーションはより現実的なものになる。確率が高いかどうかではなく、0%ではないかどうかという意味での「現実的」、先に述べたような物理的に「リアル」なものに。例えば、「いつもの通勤電車の中で痴漢を退治したら、隣にいた女に惚れられた」とか、そんな具合だ。
そこから犯罪に走ってしまったり自分で自分の人生を棒に振ってしまったりせずに、そういうものをあくまで「実際には期待できない、妄想の話」と割り切って楽しむのは、アリだろう。だがそれはとても高度なゲームだ。「もしかしたら実際に期待できるかも」と素直に信じる方に転んでしまわない自信が僕にはないし、というか実際転んでしまったし。中途半端にリアルな話は、そういう種を植え付けてしまう魔力があるんじゃあないか、と僕は思う。
「いや、その理屈はおかしい。ディフォルメが強く、妄想度が高いほど危険なのだ。先日の、男が若い女を監禁して首輪を付けさせたりしていた事件を思い出せ。」そう言う向きもあるだろう。だが、それは大きな勘違いを孕んだ認識だ。
現実に、女をひっ捕まえてきて監禁したりなんかしたら、そりゃあ犯罪だ。その例の事件のように、結局は逮捕されるのは目に見えている。だが僕らはそんなに反社会的な人間じゃあない。なるべくなら長く平穏に暮らしたいのだ。そういうことを理解しているから、多くの比較的正常なヲタは、そういう「監禁調教」というシチュエーションを「あり得ないもの」と割り切って、ゲームなどの非現実のものとして楽しんでいる。
そこを「現実と妄想は違う、そんなことをしたら平穏な社会生活が送れなくなる」というところに思い至れない知的欠陥を抱えた者、あるいは、そうなっても構わないというような反社会的な人間が、犯罪を起こすのだ。そんな人間が「多数派」であるとは考えられない。そういう人間はあくまでごく少数で、圧倒的多数を占めているのはやはり、良識を持った「普通の人」なのだと考えるのが自然だ(そうでなければ、日本社会はとうの昔に崩壊しているだろう)。
中途半端に現実的な話は、そういう「あり得ないこと・うまい話には期待しない」と考えている人達をも虜にしてしまう。「アラブの王族が油田で儲けてウッハウハ」みたいな遠い世界の出来事には心を動かされなくても、「向かいの山田さんが株で20万円儲けてちょっと幸せ」みたいな具体的で身近な話には、ついつい関心を持ってしまう。これはマスコミや詐欺師が人を煽るのにも使う手口だ。
詐欺の被害にあった人は決まってこう言う。「まさか自分が被害に遭うとは思わなかった」。そう思わせてしまうほど、「もっともらしい話」を詐欺師は持ちかけてくるのだ。
「電車男」も「アルテイシア日記」も、そうやって多くの「うまい話には騙されまい」と思っている人を虜にして売っている。ただの商売上の戦略と言えばそれまでのことだし、これに限った話でなく世の多くの物はそうやって「騙されて売りつけられて」いるし、そういう商品や宣伝によって植え付けられた幻想で社会が変えられてしまったりするのは良くあることだし、これらだけをとりあげてことさら非難するのも変な話だとも思う。……のだが、なんだか釈然としない。
ともかくそういう風に、「ヘタに現実っぽいオイシイ話」は人間の心を捉えて駄目にしてしまう。「オイシイ話」と分かっていても、ついつい飛びついてしまう。そして、やがてはその居心地の良さ(もしかしたら自分も明日にもオイシイ状況に巡り会えるかも知れない、という甘い期待)に首までズッポリ嵌ってしまい、抜け出せなくなる。……僕も含め、そういう妄想にとりつかれてしまった人の末路は、悲しく寂しい物になるのではないだろうか。行き着く先は、パチンコ借金地獄かもしれないし、デート商法借金地獄かもしれない。
そして、そういうオイシイ話をもてはやしていると、そんな「被害者」を増やしてしまい、中〜長期的に社会を腐らせていってしまうのではないだろうか。それは、ごく少数の危険な爆弾(反社会的な行動をとる人間)を生み出して短期的な破壊を引き起こすことよりも、恐ろしいことなのではないだろうか。
何故なら、僕は既にそうやって人生を駄目にしてしまっているのだ。小さい頃からそんな薄甘い妄想にとりつかれてしまったせいで、過去の行いのすべてが「何かに一心に打ち込んでいれば、その姿に惹かれた人と出会って……」→「ヲタくさい趣味をどんなに頑張ったところで、惹かれずに退かれるだけ」 「貞操硬く、純情誠実ということで好感を……」→「現実の女を知らないから妄想ばかりでキモイ」という風に、人生を駄目にする方向に結実してしまっているのだ。僕のような被害者をこれ以上増やしてはっ……
……え? 「そんなことで人生を駄目にするのはお前くらいのものだ」? 「普通はもっとちゃんと割り切れるもんだろ」? はい、おっしゃるとおりです……ということで、長々と書いて結局は僕のルサンチマンと逆恨みとひがみ根性の発露に行き着くのでした、てなオチ。
スタジオジブリ「耳をすませば」を、「そのような青春」を送れなかった人間に対しては非常に残酷な映画であると捉えた解釈と、それに対する「正常な人達」のコメント。現在の当該エントリでは削除済なのか何なのかで、それらのコメントを見られないので、Internet Archiveからどうぞ。
電車男の一連の騒ぎ全体が最初から仕組まれたものであったとした上で、そのマーケティングの巧妙さを解説したテキスト。今のところ、ここで原作者たちの名前を列挙するつもりはない。「中野独人」を「CLAMP」のようなグループ名として認識しておけば充分である。などの発言を見るに、サイトのオーナーの松永英明氏は執筆業だし、おそらく内情をご存じなのだろう。
舞台の「設定」がフィクションならフィクションだと分かりやすい。勘違いしやすいのは登場人物の「心理」がフィクションの場合。
「(略)趣味や考えに理解がある、そんなパートナーと出会い、(略)幸せになるという、そんなオイシイ展開」という記述に対し、ヲタと非オタのカップルではないが、ヲタ同士のカップルは自分の身の回りにもたくさんいるぞ、だからあり得ない事じゃあないんじゃないのか、という指摘が寄せられた。
電車男を単なる恋愛物語と見れば、確かに、ヲタ男の恋愛自体はそうあり得ないものでもない。だが、僕が「あり得ない」「オイシイ展開」と言いたかったのは、もう一つ、オタが非オタに「承認される」というプロセスが含まれていることにもある。
オタクが人格面で普通の人より社会的地位が低いという前提に立てば、オタク同士で結ばれてもそれは「劣った者同士が傷をなめあっている」だけと言える。だがオタと非オタのカップルで「劣った者が優れた者に『認められ』、彼らの社会に溶けこめるようになる」というのは、単に恋愛が成就するという以上に、人間としての尊厳を勝ち取るという意味が含まれる。
尊厳を持たない・持てない我らオタが尊厳を勝ち取るという展開が、もう、「あり得ない」「オイシイ展開」なのだ。
オタクが、自分の人生にもオイシイ展開があるはずだという妄想に取り憑かれたところで、モテないことには変わりない。また、モテる人は妄想に取り憑かれることなくモテ続ける。結局何も変わらないのだから、何を恐れるというのか? という意見。
確かに、「モテるかモテないか」を結果としてみるなら、その点で変化はないだろう。だが、現実に対する失望・絶望をより強めることは間違いない。「どうせそういうこととは無縁なんだ」と諦めている状態で「やっぱりそういうのとは無縁だったんだ」と再認識するのと、「もしかしたら縁があるのかも知れない」と期待していて「やっぱりそういうのとは無縁だったんだ」と思い知らされるのとでは、そのショックは段違いだ。プッチ神父は「覚悟したものは幸福である」と言ったが、薄甘い幻想は、覚悟を鈍らせ、幸福を遠ざけるのだ。
なお、「幻想に取り憑かれ、デート商法に嵌るなりキャバクラ通いに嵌るなりして、モテない男が世の中に落とす金の量」は増えると予想できるが。この、恋愛対象に対して貢ぎ貢がれることで金が動く経済を、電波男著者の本田透氏は「恋愛資本主義経済」と呼んでいる。そして、そういう経済システムから自ら距離を取ろうとしている「モテない男」を、「電車男」や「アルテイシア日記」は無理矢理にでもそのシステムの中に取り込もうとしているのだ、と喝破している。
最近の広告業界のプロモーション手法はえげつなさをどんどん増してきているな。事実を脚色して美談に仕立て上げるだけでは飽きたらず、アリもしない事実をでっち上げるのだから。いや、そんなのは昔からいくらでもあって、単に、既に負け組であるヲタや負け犬が搾取のターゲットにされるようになってきただけのことなのか。
生活力は、一人前の人間を名乗るための、誰に憚ることなく生き続けるための最低条件だ。生活力のない子供や重度障害者やなんかは、言ってしまえば、他人のお情けやお目こぼしによって、あるいは利害のために、例外的に生かされているに過ぎない。それ故、ヲタの中でも特に生活力を持たない・持てない者は、この話題のような「まともな大人にとってはどうでもいいこと」でも不安をかき立てられてしまうのではないだろうか。と、思った。
電車男のような話は、ヲタに与える影響よりも、一般人に与える悪影響の方が大きいのではないか、という指摘。
それにしても、人生を狂わす「電車男」や「耳をすませば」を観て自殺といった関連エントリのフィクションに対する無防備ぶりは怖いくらいです。 - 日々の覚え書き:2005年7月の覚え書き:12日
健全な人には、「電車男」に悶え「耳をすませば」に苦しむような現実と虚構の境目が曖昧な不健全な人間は、こう見える。
エントリ「人生を狂わす「電車男」」は 内容的にはいろいろな要素が詰め込まれた文章なのですが、突き詰めるとその冒頭の段落に要約できるように思います。:2005年7月の覚え書き:15日
自分のやりたいこと・やっていることにはプライドをもつべきです。プライドをもてないどころか、その趣味で卑屈になるくらいならやめた方がいい。:2005年7月の覚え書き:18日

[] Latest > Flakes of Ideas > 人生を狂わす「電車男」 - outsider reflex
[引用サイト]  http://piro.sakura.ne.jp/latest/flakes/040trainman.html
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 Last Updated 2007/ 02/ 25/ 00時04分49秒

発言の主は、経済財政諮問会議を取り仕切る与謝野馨経済財政・金融担当相の側近。米国発の世界金融不安が再来するのではないかとの不安を抱かずにはいられないと言う。
戦後3番目の長期に及ぶ小泉純一郎政権。末期ながら、国民からの内閣支持率も高い。政権発足当時に約1万4000円だった日経平均株価は、一時7000円台まで落ち込んだが、1万6000円前後に持ち直した。
一般に、政権末期には経済が不安定になりがち。ブラックマンデーの再来ともなれば、その余波は避けられない。だからこそ、政権中枢で経済と金融を管掌する与謝野大臣の周辺は神経をとがらせている。
1987年10月19日のブラックマンデー。株価の大暴落は突然、やってきた。米株式相場はこの日、20%以上の史上最悪の下げを記録した。株価の急落は、東京、ロンドンなどへ次々に伝播し、国際金融市場は大混乱に陥った。
背景にあったのは、財政と貿易の「双子の赤字」を抱える米国経済への不信感。85年のプラザ合意以降のドルの急落、財政赤字を嫌気した債券相場の下落(長期金利は上昇)が、ついに株式相場に広がった。米国売りのトリプル安。急落のタイミングと速度は誰にも予想できなかったが、下落自体はある意味、必然だった。
現在の米国市場はどうか。ドルは円やユーロなどの対主要通貨で弱含み、「上がらないのが不思議」とアラン・グリーンスパン前連邦準備理事会(FRB)議長に言わしめた長期金利も緩やかながら上昇を始めている。ドル安と債券相場下落といういつか見たような風景の中、株式相場も5月11日からの2日間で2%の下落を見せる。ミニトリプル安の構図がうっすらと浮かび上がってきている。
市場の表面的な動きだけではない。米国売りを加速させる要因をつぶさに見てみると、奇妙なほどに当時の状況に似ていることが分かる。
第1に、ドルの先行きへの不安感が強まっていること。米国の経常赤字は昨年の第4四半期に年率換算で8000億ドルを超え、GDP(国内総生産)比で7%となった。87年は同3〜4%程度だったから、対外不均衡は当時よりも深刻だ。
4月の7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議の共同声明で「経常黒字のある新興市場経済」の為替介入を牽制する表現が盛り込まれたとして、市場がドル売りに動いたのは、こうした背景があってこそ。「米当局がドルの緩やかな下落を容認している」との認識を市場は共有している。
敏感な投資家は既に動き出している。米国の代表的な株式投資家、ウォーレン・バフェット氏は、これまで米国に絞ってきた投資対象を日本などの海外に広げることを決めた。「(ドル安が)ソフトランディングで済むかは疑わしい」。バフェット氏は米経常赤字が未曾有のドル安を招くリスクを指摘する。
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[] 米国発株安が狂わす「花道」 (時流超流):NBonline(日経ビジネス オンライン)
[引用サイト]  http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20060601/103410/
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 Last Updated 2007/ 02/ 25/ 00時04分49秒

正義感が強く、知能明晰でクールだが、人を人と思わない冷酷さがある月のキャラクターにこれ以上ないほど合っていると思います。
藤原さんは一年ほど前にテレビドラマ「古畑任三郎」スペシャルに出演していましたが、そちらも自分勝手で冷酷な若い犯人役でした。
原作は物語の途中で探偵役が入れ替わるという大波乱の展開なので、映画ではどうまとめてくるかと思っていましたが、上手にコンパクトに構成されていたと思います。
第二のキラがでてきたり、ノートが二つ出てきたりすると、トリックや仕掛けが複雑になり、原作ではわかりにくくなってしまうのですが、さすが映画、映像で見せてくれるので理解しやすかったかと思います。
原作とは違う結末という触れ込みでしたが、Lの身を挺した作戦のところはなかなかハラハラさせられました。
前の記事で京極夏彦さんの「邪魅の雫」のレビューを書いていますけれども、「デスノート」を観ていて、この小説と共通点があるなと思いました。
「邪魅の雫」を読んだ居ない方もいらっしゃると思うので、ちょっと解説を(これから読む!という方はネタバレになってしまうかもしれません)。
これは青酸化合物の一種ですが、呑ませなくても相手に一雫垂らすだけで死に至らしめることができるものです(もちろんフィクション)。
そのためその「しずく」は相手にけどられることなく、暴力をふるうこともなく、ただ垂らすだけで相手を殺すことができる凶器となります。
ナイフでも拳銃でも、手に入れるのには何かしらの危険性があるし、人を殺すにはそれなりのテクニックがいるでしょう。
「邪魅の雫」では、「しずく」が人から人へ渡り、その度ごとに邪に魅入られたようにそれを使い殺人が起こっていくのです。
Lにそのことを指摘されるまで、もしかすると死ぬまで月は「デスノート」を人を殺す道具とはとらえておらず、何か偉大な力だと思っていたのでしょう。
人殺しの高性能兵器である「デスノート」の力を、自分の力と同一視してしまったことが、月の間違いだったのでしょう。
この記事へのトラックバック一覧です: 「デスノート the Last name」 大きな力は人を狂わす:
もう少し空いてから見に行こうかと思っていたのですが、犬を散歩していたら小学生が「デスノートのあの砂になっちゃう死に神の子供名前なんだっけ?」って話をしていて、えっ?リュークやもう1人の死神の他に、子供の死神もいるの?えっ?!?!って思って、デスノート the Last nameを見に行くことにしました。... [続きを読む]
月(藤原竜也)とL(松山ケンイチ)。犯罪のない世界を望むという点では一致しているはずなのに、犯罪者と探偵という立場で対決することになる。もちろん、決定的に異なるのは、犯罪を抑止する手段としてデスノートを使うこと... [続きを読む]
監督 : 金子修介出演 : 藤原竜也/松山ケンイチ/戸田恵梨香/片瀬那奈/マギー/上原さくら/津川雅彦原作 : 『DEATHNOTE』(集英社刊『週刊少年ジャンプ』連載)公式HP || 「 デスノート/theLastname(2006) 」ラストは誰も知らない結末が・・・ Story...... [続きを読む]
STORY:死神リュークのデスノートを手にし、密かに犯罪者などを死に追いやっていた夜神月(藤原竜也)。世間ではそれが「キラ」がやった事として騒然となっていた。そんなある日、アイドルあまねミサ(戸田恵梨香)の手にもう一冊のノートが渡る・・・
2冊のデスノート。衝撃は増殖する。メディア映画上映時間140分製作国日本公開情報劇場公開(ワーナー)初公開年月2006/11/03ジャンルサスペンス/ホラー/犯罪【解説】話題の同名コミックを藤原竜也主演で映画化した2部作の後編。「前編」公開からわずか4ヵ月あまりとい...... [続きを読む]
しかしこの映画、「観たい」という欲には勝てず・・・キャッチコピーの言われるがままに11月3日に行ってきました「デスノート後編」。原作は読... [続きを読む]
この後編の公開に先立ち早くも地上波でTV放映されていましたが、じっと座ってみていられないのでほとんど見逃しました。デスノートに名前を書き込まれると死んでしまう。そこだけ理解していればこの先続くストーリーもOKかと思っていたので、そこまでのストーリーを思い出しながらみていました。アニメの実写なんだから何でもありだし、突っ込むこともないしただ楽しめばいいわけで、とっても気楽に楽し... [続きを読む]
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映画ではどういった終わり方がするかが、メチャ興味があったんだけど・・・って、この原作の読者はみんなそうだよね(笑) [続きを読む]
前編は映画館で観ていなかたので、最初はあんまり興味なかったんですけど、この前テレビで前編を観て見事にハマッテしまったというパターンですね。
腰が痛くなるほどの大作にして、なんとか辻褄を合わせてくれました!(長かった〜)原作を知らずに観た前編。「なんだこれは!」と衝撃を受けた。そのおかげで後編を待ちきれずに速攻で原作を読破してしまった私。原作を読んだ後で再び観た先日の前編。知識... [続きを読む]
名前を書かれた人間の命を奪う死神のノート。それを使って犯罪者を次々に裁き、理想の新世界を築き上げようとする青年・夜神月。そして、彼を捕らえるべく送り込まれた謎の名探偵・L。二人の天才の直接対決が始まったとき、2冊目の死神のノートが舞い降りる。
公開日 2006/11/3監督:金子修介 「デスノート 前編」、「あずみ2」出演:藤原竜也/松山ケンイチ/戸田恵梨香/片瀬那奈/上原さくら/藤村俊二/鹿賀丈史 他【あらすじ】死神が地上に落とした“デスノート”を拾ったのは、天才的な頭脳を持つ大学生、夜神月だった。刑事...... [続きを読む]
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The last name is… 最後に名前を書かれるのは誰だ? そして、L甘味処(?/笑)の行く末は――!? ■あらすじ 死神が地上に落とした“デスノート”を拾ったのは、天才的な頭脳を持つ大学生、夜神月だった。 刑事局長を父に持ち、強い正義感に貫かれた月は、ノートを使....... [続きを読む]
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» デスノート the Last name・・・・・評価額1400円 トラックバック ノラネコの呑んで観るシネマ
2006年 金子修介 監督 藤原竜也 、松山ケンイチ 、戸田恵梨香 、片瀬那奈 、マギー 、上原さくら 、藤村俊二 、鹿賀丈史 、中村獅童、池畑慎之介
先日はさっそくテレビで『前編』の放映もしちゃって、この映画に賭ける「日テレ」の気合の入り方がかなりのもと想像できました。
あのTV放映が効いたのか、原作のチカラか、前作の効果か、とにかく久々に見た劇場満席状態に驚きました!
前編にもまして、ストーリー展開に捻りがあり、飽きさせません。Lとライトの闘いに、第2のキラが登場。最後はどうなるのか、予想がつかなかったのですが、落ち着いた結末で締め [続きを読む]
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日本映画はコミックのリメイク版だと、どうしても現実味がなくなってしまうが、もともとこの手のストーリーに現実味を求める方がどうかしているだろうか。
あり得ないし、・・・あり得ない。それは頭で分かっていて、やはり序盤ライトの恋人の葬式シーンでしらけた感じを持ってし... [続きを読む]
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【出演】藤原竜也/松山ケンイチ/戸田恵梨香/片瀬那奈/マギー/上原さくら/中村獅童/池畑慎之介/藤村俊二/鹿賀丈史/他
キラと名乗る正体不明の人物が、犯罪者たちを次々と処罰していく中で、ICPOのエルは、警視庁幹部夜神総一郎の息子、月(ライト)が、キラではないかという疑念を深めていく。
今回は前編以上に予想を上回る出来だった。原作のヨツバ編と第2部を上手い事、ミックスするなど、あの時間枠でよくまとめたと思うし、最後のサプライズもいい感じで、スーパー仕事人・ジェバンニが一晩でやってくれた神の所業による釈然としない原作よりも納得のいく決着の...... [続きを読む]
死神が落としたデスノートとは何なのか。それを操る主人公でありキラでもある夜神月は、どんな人物なのか。
キラとして一切表に出ず、犯罪者達を粛清し続ける裏で、最後の切り札としてキラを探し出す名探偵・L。その動きを見透かすかのように犯罪者達を次々に裁き、「自分をキラだと疑う」余地すら与えないように、Lに近づき、葬ろうとするキラ。
監督:金子修介 出演:藤原竜也、松山ケンイチ、戸田恵梨香、片瀬那奈、マギー、上原さくら、中村獅童、池端慎之介、藤村俊二、鹿賀丈史、他 前編観てないと完全に置いてけぼり。んでもこないだTVでもやってたし、記憶力がおぼつかないオコチャマのみなさまもそこそこついて..... [続きを読む]
前作に引き続きやっぱり見に行ってしまいました。映画公開前に(ついでにアニメ放映も前)小畑逮捕とか、撮影監督の訃報とかあってどうなることかと思ったんですが、延期もされずちゃんと公開されて良かったです。今回も原作と違ってはいるけれど結構上出来。ただ前作で意外とよかった、と思ったオリジナルキャスト(彼女)が尾を引いてる。彼女が亡くなったばかりなのにミサが彼女として登場するのは正直周りから心象悪いんじゃないかと思うんだけど。もうちょっと傷... [続きを読む]
「DEATHNOTEtheLastname」を鑑賞してきました人気コミックを映画化した後編。名前を書かれた人間が死ぬノートを巡る、2人の天才の息詰まる頭脳戦に決着がつく!死神レムの声で池畑慎之介、原作とは異なる設定のキャスター高田清美役で片瀬那奈、映画オリジナルのキャラで...... [続きを読む]
監督: 金子修介原作: 大場つぐみ、小畑健脚本: 大石哲也出演: 藤原竜也、松山ケンイチ、戸田恵梨香 etc... [続きを読む]
早く観たくてたまらなかった「デスノート」11月15日、レイトショウの時間帯に観に行った。いつもは家で、うつらうつらしてしまう時間帯なので、眠くなってしまったらどうしようと思っていた。
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公開当日・・・すっごく混んでいて^^;さすがというかんで、見送り〜決定!!!そして観に出かけたのは・・・水曜レディースディの夕方満席ではないものの、ほぼそれに近い状況結構小学生とか来てるのよね〜・・・でなんとなくビックリ(ぉぃぉぃ)『DEATH NOTE-デス・ノート-th...... [続きを読む]
第一作のラストから続くような始まり方、そしてデスノートにまつわる決まり事を“How to use it”として説明してくれるのでとても親切な導入部分だった。
人物紹介、ノートの使い方の説明に終始していた前編にくらべて、後編はいよいよ月(ライト、藤原竜也)とL(エル、松山ケンイチ)の頭脳戦、心理戦が見所になる。
11月3日(金・文化の日) 109シネマズHAT神戸シアター9にて 13:10の回を鑑賞。 [続きを読む]
ストーリー:死神が地上に落とした“デスノート”を拾ったのは、天才的な頭脳を持つ大学生、夜神月(藤原竜也)だった。刑事局長を父に持ち、強い正義感に貫かれた月は、ノートを使って凶悪犯を粛清し、自らの手で理想の世界を創りあげようと決意する。人々の間でささやかれ始めた救世主「キラ」の存在。一方、一連の「キラ事件」を解明するためにICPO(インターポール)が送りこんできたもうひとりの天才... [続きを読む]
デスノートを手にしたものにはある能力をデスノートの持ち主である死神と契約を結ぶことで手に入れることができる。 それは“死神の目”。 死神の目を持ったものは寿命を半分ささげることで死神が持つ人の顔を見るだけでその人の名前を見ることができるという能力。 第二のキラが参上、そしてそのキラこそ“死神の目”を持つものである。 キラとは、デスノートを手にし、他人の死を自由に操ることのできるものを指す。 すなわち生ける死神、言い換えれば人間界の死神とでも言えようか。 デスノートの力、ただ人の名前を書くだけな... [続きを読む]
「DEATH NOTE 後編 the Last name」は漫画デスノートを映画化した作品で6月に前編が公開され、その後編となる。前編では月に完敗したLが後編では大どんでん返しの反撃に転じる。 [続きを読む]
2冊のデスノート。衝撃は増殖する。◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆涙は流れませんが、パーラー状態のLの部屋を見ていると危うくヨダレが流れそうになります。 パーラーLへようこそ今回は和菓子もたっくさん出てきます。ガムシロ飲みますみずあめ、そのままいっちゃいますおひょいさんの顔、笑えます。「何個ついとんねん!」と突っ込みたくなる串団子を、これまた「一輪挿しか!?」ヾ(-д-;)と確認したくなるよう... [続きを読む]
気になるのは、この後編を一体どこで終わらせるのか・・・どう考えてもやっぱりアソコ?怒涛の7巻目あたりか・・・時間的にもきっと奴らは出てこないだろうし。。。
先週末に神戸で映画を観に・・・・♪♪ ずっと観たくてたまらなかったあの 「デスノート the Last name」を観たよぉ~~ヽ(^◇^*)/#63903; ストーリー 退屈な死神がもたらした一冊のノートの力で、次々と犯罪者の命を奪う“キラ”こと夜神月。 彼を捕まえるため来日し..... [続きを読む]
映画 デスノート 後編前回の感想はこちら見てきました。さすがに金曜ロードショー効果ってところでしょうか?17:40の回を見たのですがそれなりの人の入りでした。高校生がいっぱいなのが印象的。前編より人が多かったよ... [続きを読む]
はじめまして、突然のトラックバック申し訳ありません。毎日を常にエンジョイ!を心がけているtenpersonと申します。記事にデスノートに関する事が書かれていたのでトラックバックさせて頂きました。デスノートに出演している松山ケンイチについて書いたブログです。ご迷惑な場合は、お手数をおかけ致しますが、削除してもらってかまいませんので、どうぞ宜しくお願い致します。... [続きを読む]
» 映画:デスノート the Last name ジャパン・スペシャルプレビュー トラックバック 駒吉の日記
国際フォーラムに18時過ぎに到着。いつもの試写会よりも試写会慣れしてない人が多いカンジです。原作ファンのコスプレイヤーにミサミサっぽい格... [続きを読む]
夜神パパはとりあえず最後まで死なずにいたのは話の流れからなのか、演じたのが加賀... [続きを読む]
第一部ではライト(キラ)とLがついに対面して、いよいよこれから!ってところで終わり、続きがどうなるのか気になるところで第二部公開が待ち遠しかったです。
死神が地上に落とした“デスノート”を拾ったのは、天才的な頭脳を持つ大学生、夜神月(藤原竜也)だった。刑事局長を父に持ち、強い正義感?... [続きを読む]
原作でのLの最後を知っているのでどうなるのかと思っていましたが意外な結末に満足。松山ケンイチのL嵌っていましたね。
私も原作は二部に突入した時無理に引き伸ばしているように思えて仕方がなかったのですが、そうした二部の‘良い所’を取って上手く新たなデスノートの世界を作り上げたのは見事だなと思いました。
月は自分が殺人をしていると言う感覚がなくなりただ自身の‘正義’の為に‘削除’しているという誤った方向に進んでいく。仰るように大きな力は人を狂わす。そして破滅させると言う事なのでしょうね。
「邪魅の雫」、入手してしばらく経つのに未読でした。でも…、はらやんさんの記事、読んじゃった(爆)。これをきっかけに読みます。
月はデスノートの力を自分の力だと思い、自分が完全な人間だと思ってしまったことが狂気へのはじまりだったのでしょうね。
自分が不完全であることを自覚するということが謙虚さにつながり、他人を尊重することになるのだと思います。
デスノートが欲しい!と冗談交じりで感想を書いていらっしゃる方がたくさんいらっしゃったのも、ちょっと驚きでした。
こちらからも貼らせていただこうと思ったのですが、相変わらずNiftyのサーバーは調子が悪いらしく貼ることができませんでしたので、こちらにコメントを残させて頂きます。
映画はスゴイ人気ですね。特にLが評判がいいようで、来年L主演のスピンオフ決定だそうです。そっちも見たいですね。
感情をあまり表さず飄々としていますが、最後に月の父親にちょっと感情らしいところをみせたところが切なかったです。

[] はらやんの映画徒然草: 「デスノート the Last name」 大きな力は人を狂わす
[引用サイト]  http://harayan.air-nifty.com/blog/2006/11/the_last_name_3619.html
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 Last Updated 2007/ 02/ 25/ 00時04分49秒

圧倒的多数を占める「現実とそれなりに折り合いを付けて生きている」ヲタ。中途半端に現実的な話は、そういう「あり得ないこと・うまい話には期待しない」と考えている人達をも虜にしてしまう。
「アラブの王族が油田で儲けてウッハウハ」みたいな遠い世界の出来事には心を動かされなくても、「向かいの山田さんが株で20万円儲けてちょっと幸せ」みたいな具体的で身近な話には、ついつい関心を持ってしまう。これはマスコミや詐欺師が人を煽るのにも使う手口だ。
詐欺の被害にあった人は決まってこう言う。……「まさか自分が被害に遭うとは思わなかった」。そう思わせてしまうほど、「もっともらしい話」を詐欺師は持ちかけてくるのだ。
そういう風に、「ヘタに現実っぽいオイシイ話」は人間の心を捉えて駄目にしてしまう。「オイシイ話」と分かっていても、ついつい飛びついてしまう。……僕は、「現実にあり得そうな話」の方が、より多くの人を虜にし、駄目にして、人生を狂わせ、不幸にするのではないかという考えを持っている。
この映画は、何一つ救いがない映画ですよ。実際には、現実には、絶対にありえないことを、思いっきり細部までこだわった現実的な日常の世界として描くなんて、反則以外の何物でもない。
相変わらずpiroさんは冴えてるなぁ。。と同時に、自分の感情把握に対しセフティーロックを外すからこう綴れるのだろうな。
こういう例を出して適切かどうか分からないけど、『耳をすませば』に出てくるような健康的な一家を見て、果たしてアニメーションを必要としている今の若い子たちが勇気づけられることがあるんだろうか。僕は、ないと思う。『耳をすませば』を見て生きる希望がわいてきたり勇気づけられる子は、もともとアニメーションなんか必要としないんだと。アニメでも映画でも小説でも何でもいいけど、フィクションを人並み以上に求めている子たちには、ああいう形で理想や情熱を語られても、むしろプレッシャーにしか感じられないはずだ。僕はそういうものは作らない。今回もそうだけど、僕が作っているものにあるのは、生きるということはどう考えたってつらいんだ。多分、あなた方を取り巻く現実もこれからの人生も、きっとつらいものに違いない。いろんなものを失っていく過程なんだということ。生きていれば何かを獲得すると若い人は漠然と思っているんだろうけど、実際は失っていく過程なんだよって。
押井 いや、じゃあ、人生は地獄のようなものなのかと言いたいのかとそうじゃなくて、その中で、自分が生きることの意味とは何かということに、マジメに答えようと思っているわけ。しかも、さっき言った通り、僕自身が信じているもの以外のことは出さないで。今回は僕なりにがんばったつもりなんだよね。見て、すぐ元気になるかどうかは別にして、生きていく上で何かの役には立つだろうと。それくらいの自負はある。バトーは、生きるか死ぬかのシビアな世界で、苦渋に満ちた人生を送っている。みんなが生きているのは、そこまでシビアな世界ではないとしても、生きる上でのつらさは、バトーと一緒なんだよって。(アニメージュ3月号)
押井守のことば。人間というのは、こういった「描いた自分がありたい姿」と「現実」の間でリバウンドを繰り返しながら「そんな私が大嫌い」に姿を変え、ついにはしぼんで弾まないボウルとなって年を取っていくのです。
フィクションはフィクションとして楽しんでおくものだし、それに依存度を高めてしまうのはなんでなんだろう?フィクションとは別に、行動を起こせばそれに見合う分だけの見返りがある現実があるはずなのに。物理的にどうしようもない場合でない限り、多くの人は「そんな私が大嫌い」は何かをきっかけに「そんな私が大好き」に変えることできるんじゃないか?ちなみに現実っぽいというなら、「耳をすませば」よりも「海が聞こえる」の方がよっぽど現実っぽいと思われ。
すまん、主張が理解できなかったので引き続き持論述べるわ。このアニメは救いがない・残酷だ、とかいうけど、そもそもこの『救い』ってのは何なのか?と考えると分かるんじゃないかな?するとさ、http://kano.feena.jp/diary/20030319.html#p03 が『人間は創作、つまり空想の世界というものを使って自分を癒さざるを得ないわけや。空想いうのは虚しいもんなんやけど、それでもそれを持ちながら生きていかざるをえないんよ。』と述べているように、 私アニメは、現実世界の心の渇きに対する「こころのサプリメント」として存在しますといったレーゾンデートルの契約?が空想摂取者なるアニメファンとの間にあったはずなのよ。電車男・耳をすませばにはそれがない。無いどころか、前者のサプリメント効能を中和するという、空想摂取者に対しては毒とも言える薬効があるんだよね。ちなみにこの2作品のレーゾンデートルを、あなたならどう定義しますか?
2 google検索(10年後にはきっと、せめて10年でいいからもどってやり直したいと思っているのだろう。)
1 google検索(10年後にはきっと、せめて10年でいいからもどってやり直したいと思っているのだろう。 今やり直せよ。未来を。10年後か、20年後か、50年後からもどってきたんだよ今。)
1 google検索(生きていれば何かを獲得すると若い人は漠然と思っているんだろうけど、実際は失っていく過程なんだよって)

[] var/タワゴト(2005-09-30)
[引用サイト]  http://kano.feena.jp/diary/20050930.html
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 Last Updated 2007/ 02/ 25/ 00時04分49秒


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