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派手な化粧に超ミニスカの制服、ロングの茶髪にルーズソックスという恐ろしく画一的な格好をして闊歩するコギャル女子高生の姿は世界に類例を見ない珍奇な光景であろう。 所かまわず座りこみ、ソックスをはきかえ、菓子類を食べ散らかす姿は、たいていの大人は(というより当の女子高生以外にとっては)不快を催すもの以外のなにものでもない。 これらコギャル女子高生が拝金主義に染まったまま享楽的な姿を送り、一部の者が売春(援助交際)やテレクラ等のH系バイトをしていることは広く知られるようになったが、彼女たちが恰好の消費者の仕事であり、プリクラ、ポケベル、ピッチ等の女子高生関連産業が二兆円を超えるという現実の前では、彼女たちを叱るという行為は、旧道徳に固執するダサイことのように思われてしまい、なかなか打つ手がないというのが実情である。学校で彼女たちに接するわれわれ教師たちも、コギャル女子高生に限らず、その種の性向や価値観が一般の生徒にまで浸透しつつあるのを危惧しながらも、何の対策も取れないでいる。 特徴的傾向(享楽的、刹那的、退廃的、打算的、利己的、即物的、犯行的、自分勝手、夜郎自大、軽薄、破廉恥、等) 欠落しているもの(道徳心、倫理性、謙虚さ、勤勉さ、清楚さ、素直さ、気品、慎み、礼節、正義感、耐性、洞察力、思考力、等) こうしてみると、彼女たちは人間が本来持たねばならない美徳が完全に欠落し、醜い俗物性のみが肥大化していることがわかる。今、女子高生の間にこのような性癖がじわじわと広がっているとすれば、それは近代以降、勤勉、努力、質素、忍耐といった徳目を重んじていた学校が、かつての教育力を失ったことを如実に示している。授業中に平然と化粧をし、菓子類を食い、雑誌を読み、注意されれば「誰にも迷惑をかけていない」とうそぶき、勉強はまったくせず、放課後になれば「遊び」を求めて都市空間に消えていくという生徒が大量に出現している現実は、まさに学校文化が崩壊したなによりの証拠であろう。 これらコギャル女子高生が発生したのは、しばしばバブル期における拝金主義の影響であると説明されるが、ことはそれほど単純ではない。彼女たちの価値観を形作ったのは家庭、学校、社会という三つの環境要因が複雑にからんでおり、それらをつきつめていけばれば、はからずも戦後教育および戦後思想の問題点につきあたるのである。まさに、コギャル女子高生は戦後50年の社会が生み出した究極の姿であるといえるのだ。 コギャルという言葉が一般に使われ始めたのは94年のことである。女子高生の姿を写した前後数年の写真を比べてみれば、この年にミニスカに象徴されるコギャルファッションが現れたことがわかる。しかし、当時は援助交際やH系のハバイトは一般的になっておらず、遊び方の女子高生が大量に現れたという捉え方をされていた。援助交際という言葉が広がり、女子高生売春が問題化するのは2年後の96年であり、この2年間のプランクは「ミニスカから援助交際が始まった」ことを明確に示している。 制服とは本来、清楚さや処女性の象徴として捉えられており、その対極にあるコギャルファッションは、彼女たちの意思にかかわらず、背徳的な娼婦性を全面に打ち出している。茶髪やルーズソックスは真面目ではないという記号であり、超ミニスカをはくのは性的アピールによって周囲の男を兆発するという意思表示にほかならない。ルーズソックスはミニスカによって露出した脚を隠したいという意図によるものだろうが、だらしなくずり下がったソックスと超ミニの組み合わせによって、セックスをする直前の姿すら彷彿させている。つまり、性を抑圧するために導入された制服が女子高生たちの主体的な意思によって、性を大胆に誇示するアイテムと化したのである。これは都市空間において革命的な意味をもたらした。 超ミニという挑発的な恰好で闊歩する彼女たちの姿は、いやでも世間の注目をあび、制服がかつて処女性の象徴であったがゆえに、その落差は強烈なまでに男の性的衝動を刺激することになった。ここから援助交際は始まったのである。公的機関の調査によれば、援助交際経験のある女子高生は4%にも上るという。100人中4人の女子高生が売春をしているというのは何とも凄まじい限りだが、この4%の行動形態が刺激的で先鋭的ーーーつまり、面白そうでありススンでいると思われるがゆえに、多くの女子高生が同種の価値観を身につけるようになったのであろう。 もちろん、このような考えには、大人の側の責任を棚上げするものだという反論もあろうが、これから述べる二つの事実によって「すべてはミニスカから始まった」ことを証明したい。 かつて80年代前半に女子大生ブームというのがあった。その後を受けるように「おニャン子クラブ」が登場し、第一次女子高生ブームが起きる。「セーラー服を脱がさないで」という挑発的な歌を覚えている人も多いだろう。この頃すでにテレクラやダイヤルQ2などの電話風俗が始まっており、不特定多数との交際は自由に行えるようになっていたが、まだ女子高生売春は一般化していなかった。おニャン子クラブもブラウン管のアイドルという域から出ることはなく、現実の女子高生に関心が向けられることはなかった。理由は様々だろうが、モラルの崩壊が進んでいなかったというより、まだミニスカは流行っておらず、日常的に女子高生の性を意識しなかったことが大きいと思われる。 第二次女子高生ブームはバブルの弾けた90年代になってから起きる。いわゆるブルセラである。承知のようにブルセラは物を介して女子高生を買う風俗だが、あくまで物の売買という粋から出ることはなく、ダイレクトな肉体の売買までは至らなかった。当時すでに女子高生デートクラブなども存在していたが、売春が例外的行為だったことは注目に値する。 しかし、このブルセラブームによって、女子高生が提示する性を金銭によって大人が享受するという共生関係ができあがり、94年になって挑発的なミニスカが流行するや、容易に売春へと移行したのである。 とはいえ、男の側が要求したとて、女子高生が応じなければ売春は成立しない。外見もさることながら、彼女たちの内面にも売春に応じるだけの心性が出来あがっていた点も無視できない。 なぜ彼女たちは売春に走るのか。また売春にまで至らなくても、なぜ今の女子高生は享楽的で拝金主義に染まってしまったのか。この問題を考えるには、彼女たちが生育した家庭や学校、社会文化を複合的に捉えなければならない。 94年にコギャルが発生したとすれば、コギャル第一世代が生まれたのはちょうど80年(昭和55年)前後となる。コギャルの親が団塊世代という指摘はすでになされているが、この世代の価値観を決定づけたのが戦後の学校教育である。 団塊世代は40年代後半のベビーブームに生まれ、55年頃に小学校に入学している。当時は60万もの組合員を擁する日教組が全国の学校を支配化に置き、道徳教育や勤務評定をめぐって文部省と激しく対立していた。デモとストが頻繁に繰り返され、教師が労働者だという認識が広がったのもこの頃である。 これら日教組の教師が熱に浮かされるように推進したのが、いわゆる戦後民主主義教育である。大正自由教育と左翼イデオロギーが奇妙に融合したこの教育理念は、かつての軍国主義を台頭させないという名目のために、戦前の文化や思想・教育形態をことごとく否定したものであった。教育史的には「全体主義に奉仕する練成教育から、自主的な問題解決を軸とする体験学習への移行」であり、「自主性や自発性を重んじた個性活動を根本原理においた教育である」とされるが、戦前を全否定するという極端な発想であるだけに、当初から多くの矛盾をはらんでいた。 こうした理念が初めて登場したのは、教育勅語をおいてである。45年、日本の非軍事化と民主化を進めるGHQは「修身、日本歴史、地理の授業停止」を命じて国家主義教育の一掃をはかったが、教育勅語だけは占領政策に天皇制が必要であるという理由から明確には否定できないでいた。文部省も国体護持のために教育勅語を存続させようとしたが、48年の衆参議院においてその失効決議が採択される。その論拠は「内容に一点の瑕疵がなくても、完全な真理であっても、専制君主の命令で国民に強制したところに間違いがある」というものであった。強制の排除、権威の否定といった戦後教育の根本理念はここから始まる。 しかし、この発想には大きな陥穽がある。近代の学校とは社会生活に必要な知識や技能を体得させるために設置されたものであり、生徒の意思にかかわらず、生徒を強制的に登校させ、時間的にも空間的にも拘束し、知識や技能を強制的に教えることから成立している。つまり「強制」とは学校教育の根本理念であり、それを排除していけば学校は崩壊するしかないのだ。 また、「真理であってもそれを強制的に押しつけてはいけない」という考えからは戦後教育の理想とする「生徒がそれぞれの自主性によって真理を獲得する」という自主性尊重の概念が生まれるが、これも現実性のない空論である。そもそも、この世に普遍的な真理など存在しない。殺人という重罪でも人口抑制という見地に立てば肯定できるし、礼節や恩愛、孝行といった徳目もその社会を円滑に営むための相対的な価値観でしかない。これらを何の強制もなく、しかも社会が望むような形ですべての生徒が自主的に体得できるというのはまさに夢物語でしかない。戦後民主主義教育を信奉する教師たちはこの矛盾を解決するために、子供の本性は善であるとして「強制を排して自由にのびのびさせれば、誰もがその善性を発揮して理想とする徳目を体得できる」と説くのであるが、これが妄説であるのは今日の凶悪な少年犯罪を見ても明らかだろう。 また、強制を排除しても生徒が真理に到達するのなら、教師の権威性は不要となり、教師と生徒は対等な関係となるが、こうした平等空間では教育は成立しない。生徒の誤った価値観や行動を矯正できるのは、教師側の権威性によるものであり、教師が友人として同じ立場に立つのならば、感情的な理由でいくらでも指導を拒否できるからだ。 戦後民主主義教育はこうした矛盾をはらみながらも、戦前の軍国主義教育に対するアレルギーから広く受け入れられ、様々な教育実践がなされていった。多くの教師は真に民主的な日本を作ろうと真摯な努力をつづけたが、矛盾を内包した理念であるだけに、自主性を尊重するという美名のもとに極端な放任主義に走ったり、共産主義革命を扇動する教師が現れたりと、当初から様々な問題が生じていた。また、生徒と教師が対等であることを示すために教壇を撤去し、教師をさんづけで呼ばせるとか、学力テストを全廃し、運動会の順位づけをしないということで平等主義を標榜したりという、皮相で短絡的な実践が一般化していった。 この影響をダイレクトに受けたのが団塊世代である。彼らが左翼イデオロギーに傾倒しね70年安保や高校紛争の中心勢力となったのは必然的な結果といえよう。 団塊世代の特徴として、家庭の中にも旧秩序打破の思想を持ちこみ、親と子の上下関係を認めず(平等主義)、モラルやしつけの押し付けをせず(強制の排除)、自主性にまかせるといった(自主性尊重)まさに戦後教育的な子育てをしたことが知られている。こうして登場したのが、相互の甘え構造からなるぬるま湯的な家族(ニューファミリー)である。 真の自主性とは確固とした自我を備えているからこそ生じるものである。親が自らの生き方なり価値観を示さないのでは、子供は自己を相対化することができず、いつになっても主体的な自我は形成されない。 自主性を尊重すれば自主性が育つというのは、戦後教育から派生した誤った考えであり、これを盲信したところに団塊世代の大きな失敗がある。確たるモラルや価値観の相克もなく、豊かな社会でただ自由と安逸をむさぼるだけでは、望ましい徳目や真理を体得することはできない。その結果として、ふわふわとした自我しか形成できかった子供たちは、大量消費文化の中で容易に享楽主義と拝金主義に染まっていったのであろう。 社会風俗は時として家庭の教育力を超えて子供の価値観を形成し、その行動形態を支配するほどの力を持っている。コギャル第一世代が80年頃に生まれたことは先述したが、この年は戦後の文化史を考える上で重要な意味を持っている。高度経済成長をもたらした勤勉、努力、忍耐を重んじる旧来の真面目文化が消滅し、かわって真面目さを茶化して喜ぶような軽薄文化へと移行する時期だったのである。千石保氏の『まじめの崩壊』によれば、「巨人の星」に代表されるスポ根物が姿を消し、「キン肉マン」のようなおふざけヒーローが人気を博したのがその象徴であるという。学校もこの時期を境に大きく変わり、ツッパリ風俗の台頭とともに校内暴力の嵐が吹き荒れるようになる。 なぜ80年を境に文化の転換が起きたのか、千石氏はその大きな要因としてオイルショックや生産社会から消費社会への移行を挙げているが、もう一つ忘れてならないのは、この少し前に高校進学率がピーク(95%)に達したことである。 戦後の平等思想と経済発展によって、誰もが進学を希望するようになり、行政側はそのニーズに応えるべく高校を増設していった。55年の高校進学率が60%代であることから、わずか20年の間に30%ものびたことになる。「15の春を泣かさない」というスローガンは麗しいが、個性や能力にかかわらず等しく知識獲得競争に加わらねばならないことは、多くの子供たちに耐えがたい苦しみを与えることになった。誰もが高校に入るという風潮は、進学することが善だという誤った学校信仰を生み出し、高校に行けない、あるいは行ってもついていけない者たちの学校に対する無意識の憎悪を醸成していった。高校進学率が上がれば上がるほど、この流れについていけない「限りないマイナー」の劣等感は先鋭化し、それが校内暴力という形で吹き出すようになると、拡大する反学校的な風潮によって、学校文化とほぼ同質の真面目文化も急速に破壊されていったのである。 80年代前半に吹き荒れた校内暴力の嵐は、大量消費社会の到来とともに、若者文化を大きく変えていく。荒れる子供たちの行動(飲酒、喫煙、深夜徘徊、性的交渉等)が大量消費社会に取りこまれることによって一般化し、若者文化は急速に低俗化していく。少女性欲雑誌といわれた「ギャルズライフ」が国会で問題視されたのもこの頃である。社会的な規範は大きく崩れ、旧来の勤勉や礼節などの徳目は嘲笑の対象となり、消費を促がす「遊び」が最も流行りの生活形態となった。TVではいわゆるトレンディドラマが始まり、女子大生ブーム、女子高生ブームを経て、モラルの欠落したバブル景気に至る。 こうして概観すると、コギャル第一世代は真面目を嘲笑する文化の中で生まれ、小学校の時にツッパリ文化やトレンディドラマを見て育ち、中学時代にバブルを経験している。つまり、彼女たちは勤勉や真面目を重んじる文化に触れたことがなく、加速度的に進行する軽薄な風潮の中で育っているのである。自我の確立しない彼女たちがこれらの影響を強く受けたことは容易に想像がつく。 80年代以降の文化は消費を促がすものとしての側面のみが拡大され、それが社会に及ぼす影響についてはほとんど顧みられなかった。利益のためならばなんでもするという発想は、個人の権利のみを重視し、その責任や義務を問わない戦後の風潮と同質のものであり、文化史の側から見ても、コギャル発生の要因は戦後思想にあるといえるのだ。 家庭が教育力を失い、社会が享楽主義に流れる中で学校も大きく変わっていった。それは単に社会風潮の影響によるものではなく、マスコミによる学校叩きという外圧によって変容をよぎなくされたのである。 左翼イデオロギーに深く傾倒するマスコミは、学校を権力社会の縮図として、教師=支配者(悪)、生徒=民衆(善)という恐ろしく単純な二元論でとらえ、校内暴力を徹底した管理で押えつけようとする学校側の姿勢には常に批判的であった。ただ、秩序維持という名目の前には沈黙せざるをえなかったが、やがて校内暴力がおさまると、今までの鬱憤を吐き出すように徹底的な学校批判を始める。いわゆる管理教育批判である。細かすぎる校則が社会問題となり、「管理を排して、生徒を自由にのびのびとさせねばならない」というまさに戦後教育的な言説がさかんに喧伝されるようになる。 しかし、マスコミによる一連の管理教育批判は、学校現場を無視した短絡的かつ皮相極なものであった。そもそも校内暴力が沈静化した時にはすでに学校は疲弊し、マスコミがいう「権威的な教師が校則によって柔順な生徒を痛み付けている」という構図はどこにもなく、細かすぎる校則というのも生徒手帳の隅に書かれた死文化した項目にすぎなかった。さらに、校則批判は生徒の人権という一面によってのみ論じられ、校則の持つ「ストイシズムの強要」という以前から暗に了解されていた点について論議されることはなかった。言葉を変えれば「学校とは学問や修養の場であり、華美な服装や持ち物は不要である」という旧来の価値観に対する是非である。マスコミの校則批判キャンペーンは、こうした肝心な論点を明確にしないまま91年の校門圧死事件でピークに達し、文部省までもが各学校に校則の見直しを通達するまでに至る。 この一連の学校叩きによって、校則の効用は軽んじられ、校則を擁護するだけで反動的であるという風潮まで生まれた。教師の意識も大きく変化し、(特に公立高校においては)校則を緩めれば秩序が乱れるのを承知しながらも、批判と嘲笑浴びてまで校則を守らせようとはしなくなった。 教師側の変化に合わせるかのように、高校生の風俗も変わり始める。ミニスカはまだ登場しないが、化粧やマニュキアが一般的になり、普通の生徒まで化粧ポーチを持ちこんできて教室で堂々と化粧をするようになった。以前ならば化粧など論外であり、化粧ポーチなどは没収されたであろうが、一連の管理教育批判によって教師からそれだけの力は失われていた。これに呼応するかのように、ティーンズ向けの雑誌にも化粧の特集が組まれるようになり、様々なグッズの紹介が始まる。性的な記事よりも、おしゃれやブランド物の特集に関心が集まるようになったのはこの頃からである。 女子高生の化粧は「高校生は高校生らしく」というストイシズムに裏付けられた社会通念が大きく崩れたことを意味する。それは同時に、高校生の飲酒、喫煙、夜遊び、ブランド物の買いあさりといった大人と同等の、あるいはそれ以上の遊び(消費的行動)を許容することでもあった。 つまり、一連の管理教育批判によって、勤勉や質素、礼節を重んじたかつての学校文化は崩壊し、しかもストイシズムの強要という意義が問われなくなった結果、生徒たちは大量消費文化の中に放り出されてしまったのである。 コギャルを象徴するのがミニスカである。家庭や学校、社会文化によって子供達が享楽的な性向になることは説明できるが、それだれで援助交際が一般化することはない。先述したように、コギャル問題はミニスカが重要な要素となっている。 なぜ、女子高生のスカートはかくも短くなったのか。この問題を解くには、コギャルの発生源である首都圏の高校、なかでも都立高校の抱える問題を無視することはできない。 都立高校の多くは今でも自主自律という戦後教育的な校風を特徴としているが、これらは70年安保に連動して起きた高校扮装によるものである。左翼的な学生運動のうねりの中で、学校は自主的な人間形成の場であるという高邁な理想が掲げられ、受験指導や生活指導の撤廃、制服の自由化、校則の大幅な緩和等がはかられた。しかも、その数年前には学校間格差をなくすという名目のもとに学校群制度が実施されており、都立高校全体はまさに戦後民主主義教育の壮大な実践場となっていた。 しかし、理想とは裏腹に、功利性や差異化を求める生徒の根源的な要求には応えることができず、進学実績がふるわず、レベルの画一化した都立高校は次第に敬遠されていった。かわって、進学指導と生活指導ほ全面に打ち出した私立高校が人気を集め、トップクラスは私立に行くという逆転現象が起きる。しかも、校内暴力の嵐は中堅校以下の都立高校にもおよび、私立との格差はさらに広がっていく。危機感を抱いた都立は学校群を廃止し、復権を狙って単独選抜、コース制の導入等、様々な改革を実施するが、その一つに制服改変の動きがあった。ロングスカート等のツッパリファションを一掃し、自校のイメージアップをはかるために、画一的なセーラー服からおしゃれな制服へとデザインを一新させていったのである。 学校の狙い通り、ツッパリファッションは消えていったが、これは制服改変の効果というより、バブル経済による受かれた雰囲気が、劣等感に裏付けられたツッパリ文化をダサイものとみなしたからにほかならない。 こうして、時代の風潮は学校の思惑をこえて進み、90年代に入ると、ボディコン、テレクラ、ブルセラ、ジュリアナといった若い女性を商品化するブームが起きる。このときコギャル第一世代は中学生だった。 彼女たちはこの風潮の中で、「自らの性には商品価値がある」ということを学び「性を誇示することは恥かしいことではなく誇らしいことだ」というように価値観を転換させ、高校に入り、学校側の管理が弱まると、「自らの性を大胆に誇示する」ためにスカート丈を一気に短くしたのである。 93年にブルセラショップが一斉摘発を受け、ジュリアナ東京が閉店し、その翌年にミニスカが発生したのは、このことを雄弁に物語っている。 学校側は制服改変により、もはや改造の余地はないと思っていただけに、突然のミニスカに戸惑わざるをえなかった。よもやスカート丈を短くするような「恥ずかしいこと」をするとは予測だにしなかったむのだ。しかも、下着が見えるような超ミニが周囲の男たちを挑発し、何らかの問題が生じるであろうことを予測しながらも、ミニスカをやめさせることはできなかった。なぜなら、一連の管理教育批判によって校則による指導をするだけの力は失われていたからである。また、校則に頼らないとすれば「品がない」とか「慎ましくあるべきだ」という徳目を押し付けるつかないが、戦後教育の原則によって価値観を強制することもできず、学校側の指導がまったく入らないままミニスカは全盛を迎えたのである。 コギャルの発生要因は、教育勅語を排除した思想であり、団塊世代が受け、そうして施した教育であり、軽薄な消費文化であり、高校全入運動で運動であり、都立高校の問題である。これらの背後には戦後思想が深く関わっていることに気づくだろう。つまり、コギャルとは戦後の思想的陥穽が複合的に絡み合って生まれたものであり、そうであるがゆえに戦後教育の方法論では決して指導矯正できないという厄介な存在なのである。 コギャルの価値観や行動形態が問題であるのは承知しながらも、教育現場やマスメディアから指導すべきだという声があまり聞こえてこないのは、戦後教育では手のうちようがないことと、彼女たちが恰好の消費者となっているために行動規制をためらう意識が働いているからであろう。しかし、やがては彼女たちも結婚し母となる。拝金主義と享楽主義に染まった母親達がどんな子供を育てていくのかと思うと、そら恐ろしいものがある。コギャルママの子供たちが就学するようになったとき、学校は、教育はおろか、知識の詰め込みすらできぬ荒廃の巷になっていくのが目に見えるようだ。 文部省は近年になって「ゆとり」という概念を打ち出し、「ゆとりを持たせて生きる力を養う」という方針を明らかにした。高校でも卒業単位を減らし、選択枠を拡大するというソフト化の動きである。しかし、高校生に限っていえば、ゆとりがなく勉強に追われている生徒がどれほどいるというのか。ありあまった時間をバイトに費やし、大人以上の金を使って遊び歩いているのが実態ではないのか。これ以上の「ゆとり」を与えることが「生きる力」につながるなどは、現場にいる者からすればほとんど冗談のようにしか聞こえない。 日教組と和解して以来、文部省も戦後教育思想に染まっているようだが、これは現実の問題を理想論で処理しようとする危険な徴候である。詳述したように、多くの教育問題は自由や平等、人権といった「きれいごと」を敷衍しようとして起きているからだ。 では、どうすればよいのか。戦後の思想的陥穽からコギャルが発生したとすれば、対応策としてはアンチ戦後的な方法を取るしかあるまい。つまり、社会が是とする共通の価値観やモラルを強制的に教えこみ、自己を厳しく相対化させる中で、確固たる自我を形成させるのである。さらに、勤勉や努力、忍耐といったかつての徳目を再認識させ、子供たちを「遊び」へと走らせる浅薄な消費文化と厳しく対峙せねばならない。偏ったイデオロギーによるマスコミの教育論にも警戒する必要があるだろう。ともあれ、いち早く戦後教育の呪縛から脱却することが肝心なのだ。
[] コギャルがあざ笑う戦後教育
[引用サイト] http://homepage1.nifty.com/1010/cogal.htm
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Last Updated 2007/ 02/ 25/ 00時04分47秒
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