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2006年はモーツァルト生誕250年にあたります。様々なモーツァルト特集では、天上と音楽といわれる美しい作品が取り上げられますが、本コラムでは「音楽史上世界三大悪妻」の1人に挙げられている妻コンスタンツェを取り上げます。最近ミュージカル「モーツァルト」も話題になっており、彼の恋沙汰も注目されています。本コラムでは、コンスタンツェの立場に立ってみて、本当に彼女が悪妻と言えるかどうか検証してみます。 モーツァルト21歳、コンスタンツェは15歳、旅の途中のマンハイムでした。その後ザルツブルグからウィーンに出てきてフリーの音楽家として活動し始めるにあたり、住み込んだのがコンスタンツェの母ツェツェリーア・ウェーバーの経営する下宿です。ここでコンスタンツェに再会しますが、この時モーツァルトは美人姉のアロイジア(作曲家ウェーバーの従妹)に恋しており、容姿も音楽才能も凡庸なコンスタンツェには特に興味を持っていませんでした。しかし、アロイジアとの恋に破れたモーツァルトは、急速にコンスタンツェと恋仲になります。これには裏があります。コンスタンツェの母ツェツェリーア(英語発音ではセシリア)は美人の4人姉妹の中で最も目立たない三女のコンスタンツェの結婚を心配していました。美人の姉アロイジアは音楽の才能も長けており、当代一のプリマ・ドンナということもあり、一家の稼ぎ頭でした。しかし、アロイジアは既に母親の勧めで資産家の宮廷俳優ヨーゼフ・ランゲと結婚しておりモーツァルトは失意のうちコンスタンツェに急接近したのです。ちなみにランゲはモーツァルトの有名は未完の横顔の肖像画を描いた素人画家で、この作品は未完成のままモーツァルトの死後コンスタンツェに渡っています。未完成に終わったのは、嫉妬深かったランゲがモーツァルトと妻アロイジアの仲を知って筆を止めたとも考えられます。ちなみにアロイジアは、もともとは母の勧めでランゲと結婚したような経緯もあり、モーツァルト死後離婚しています。 さて、母ツェツェリーアはコンスタンツェが人気作曲家モーツァルトと結婚すれば、老後も安泰だという計算が働いて、策略を弄しました。その証拠にツェツェリーアは、モーツァルトとコンスタンツェが付き合い始めたとき時、突然2人の面会を拒否し、逢うためには結婚の契約書(3年の間に不履行の場合、毎年300グルデン=現在の約200万円支払うこと)にサインすることで2人の交際を許しました。まんまとその気にさせられたモーツァルトは1年ちょっとの付き合いで結婚を決心し、コンスタンツェも母の策略に嫌気がさして、なかば家から出たい気持ちもあり、プロポーズを受けます。もしかしたらモーツァルトの姉との失恋に対する同情が愛情に変わったのかもしれません。その時モーツァルトはウィーンで仕事を始めたばかりで26歳、コンスタンツェは19歳の若さでした。 音楽研究家アルフレート・アインシュタイン(ノーベル物理学者アルベルト・アインシュタインの従兄)は、「モーツァルトはついに世間を卒業できなかった」と評し、小林秀雄はモーツァルトの生涯を、「統一のない殆ど愚劣とも評したい生涯」とばっさり切りました。確かに結婚前、彼は2歳年下の従妹のマリーア・アンナ・テークラ・モーツァルトとかなり危ない関係を持っていました。その証拠としてロンドンの大英図書館が保有する「ベーズレ(従妹)書簡集」には、2人の関係を示唆するかなりきわどい会話が書かれています。結婚後も、自らの作品に出演する歌手との噂が絶えないなど、モーツァルトの浮気癖は、死ぬまで治りませんでした。そんなモーツァルトの素行を、コンスタンツェが結婚前から知っていたと考えられます。加えて姉のアロイジアに未練たっぷりのモーツァルトを身近で見ているわけですから、その後釜に結婚させられたコンスタンツェがモーツァルトに愛情を持っていたかどうかは怪しいものです。さらにモーツァルトの父レオポルトからは結婚を反対され、義姉のナンネルからは冷たくあしらわれたコンスタンツェは、モーツァルト一家に対して憎しみさえ持っていたかもしれません。 モーツァルトの葬儀は最も下位の第3等で行われ(モーツァルトの宗教上の位による)、墓も共同墓穴でした。しかも、シュテファン大聖堂で執り行われた葬儀にコンスタンツェは体調不良を理由に出席 していませんでした。未だにモーツァルトの墓が分からないのはこの時のコンスタンツェの不手際によるものと考えられています。しかし、悪妻というより、愚妻とも言える間違いをモーツァルトの死後犯しています。コンスタンツェはモーツァルトと死別後18年経って、デンマークの外交官ニッセンと再婚します。結婚生活はニッセンが65歳で亡くなるまで17年間におよんでいます。その間に家事を完全にこなし、健全な夫とともに財産を築き、モーツァルトが返さなかった借金まで完済しています。さらにモーツァルトを崇拝していた夫ニッセンは、コンスタンツェの協力も得て、モーツァルトの残った手紙や楽譜を保存・整理し、国王にも読まれた有名な「モーツァルトの伝」を著しました。しかし、伝記作成の際、コンスタンツェは自分に不利な内容は極力書かれないように、モーツァルトの書簡を選別し、彼女に都合が悪い手紙をほとんど処分してしまいました。 コンスタンツェがいわゆる悪妻と呼ばれたのは、葬儀の件もありますが、他に夫への冷たい態度、浪費癖、浮気、義父や義姉との対立があげられます。仮に結婚当初より愛情がなかったと考えれば、天才で破天荒な人気音楽家(今日の人気スターのようなもの)を夫に持った平凡な主婦が、夫の愚行に合わせるようにお金あるうちに自分も生活をエンジョイしたと考えれば納得できます。だから良識ある夫を得た後は良妻として一生を過ごしています。おまけにランゲと離婚した姉のアロイジアの経済的支援さえしています。 モーツァルトがコンスタンツェへ宛てた書簡には、山ほどの愛情表現があり、しかも演奏旅行などの際には毎日のようにマメに書いています。後世の研究では、モーツァルトがコンスタンツェを非常に愛してにもかかわらず、コンスタンツェが薄愛であったのが悪妻の理由のひとつになっています。しかし、これは今よりとても保守的な1世紀以上も前の研究家による解釈であり、現代女性の視点から見ると 違う解釈が考えられます。確かにモーツァルトの手紙にはコンスタンツェへの愛を表現する言葉が多いのに反して、現存する数少ないコンスタンツェの手紙には愛情表現はあまり見られません。恐らく、コンスタンツェが手紙を処分した中にかなり彼女のモーツァルトへの書簡が含まれていたと推測でき、その内容はモーツァルトへの愛情表現より浮気や浪費を詰った表現が多いのではなかったと推測できます。では何故でしょうか?ここからが本コラムの推測です。こんどはモーツァルトの立場で男心を考えています。 モーツァルトが執拗にコンスタンツェに愛を語った手紙は、彼の都合が悪い点を隠そうという反動ではないでしょうか?それはなんだったのか? モーツァルトはコンスタンツェとの結婚後も人妻である義姉アロイジアへの想いが断ち切れなかったようです。モーツァルトは結婚後も、『後宮からの誘拐』、『劇場支 配人』、『ドン・ジョヴァンニ』などに度々彼女を起用しただけでなく、数々の演奏会用コンサート・アリアを彼女のために作曲し、自分も演奏家として共演しています。アロイジーアも当時ウィーンでスター音楽家になったモーツァルトに惹かれていっても不思議ではありません。二人の音楽家が一緒に活動した公の記録のからの推測でしかありませんが、リハーサルを理由に2人が逢瀬を重ねる機会は大いにあったと考えられます。片やスターピアノ演奏家兼作曲家、片や人気のプリマ・ドンナ、昔からお互いを知り尽くしている社交界の人気者がお互いに惹かれても不思議ではありません。 さらに、葬儀の件に戻りますが、喪主たるコンスタンツェは夫の葬儀にも埋葬にも参列しなかったのは先に触れました。しかし、アロイージアは数少ない参列者の一人で、もしかしたら共同墓地までついて行ったかもしれません。彼女は、モーツァルトの想いを自分ひとりで密かに胸にしまって、雨の中涙したと考えられないでしょうか? コンスタンツェは、夫モーツァルトと姉アロイジアの関係を薄々気がついていたのでしょう。姉妹は家族ぐるみで行き来があったでしょうし、2人が一 緒に居るところを見れば、男女の仲はわかるものです。こうして、モーツァルトに愛想が尽きたコンスタンツェは、自分は自分のペースで生きていきます。たとえ夫が手紙で媚を売ってきても彼女は無視。子供をつれてバーデンの温泉に行ったり、美味しいものを食べにいったりと、仕事が忙しい夫をほっといて遊びにも恋にも積極的でした。 結婚10年弱で6人もの出産(内4人が生後まもなく死去)を経験したコンスタンツェには、モーツァルトの不義は別としても、自分と子供たちを守るのに精一杯した。現代女性に当てはめれば、よく10年間も我慢したと賞賛されても不思議ではありません。故勝新太郎の婦人中村玉緒の苦労を考えれば想像できると思います。そんな時古風な女性は耐え忍ぶ、現代女性は我慢せず自分に正直に生きるではないでしょうか?当然コンスタンツェは後者で、彼女は意地悪をしたモーツァルトの父と姉には後でしっかりとしっぺ返しをしたしたたかさを持ち合わせていました。 このころモーツァルトは貧困にあると映画などでは描かれていますが、実際モーツァルトの収入は当時の役人の5倍以上、現在に換算すれば平均5千万〜1億円稼いでいたことになります。家にはメイドもいましたし、借家も一般の数倍の広さでした。しかし、晩年モーツァルトの人気が急降下したのは事実ですし、それに伴い、多額の借金を重ねていたのも事実です。しかし借金の多くは、生活費に当てていたというよりむしろ、彼が夢中になっていた秘密結社「フリーメイソン」に費やしていたと考えられます。コンスタンツェの温泉旅行がよく彼女の浪費の代表にあげられますが、これとて現在にあわせれば数十万円の費用ですから、モーツァルトの収入を考えれば余裕の範囲です。しかし。フリーメイソンはいわば宗教団体と同じですから、献金もしくはそこに持ち出した金額は相当のものになります。モーツァルトの借用書には医療費や旅行費など差しさわりのない理由が書かれていますが、借りた費用から推測すれば、彼の熱心な活動費に当てられたのが妥当と考えられます。 コンスタンツェは、モーツァルトからフリーメイソンに関してはほとんど何も知らされず、家のお金はどんどん無くなっていく訳ですから、彼女も対抗してあるうちに浪費したとしても非難できなと思います。
[] モーツァルトの妻コンスタンツェ悪妻論
[引用サイト] http://oak.zero.ad.jp/~zaf15903/Jordan/Classic/Konstanze.htm
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Last Updated 2007/ 02/ 14/ 16時36分17秒
この本は、241編の「ことわざ」や「たとえ」の類から成っています。しかし『悪妻盆に帰らず』という書名からお分かりのように、昔から伝わる「ことわざ」ではありません。その「ウラ」の世界がこの本の中に広がっているのです。「パロディー」だけでも「風刺」だけでもない不思議な世界が味わえます。読めば、きっと笑いと発想の転換を呼び起こしてくれるでしょう。いま、あなたの目の前に広がる現実だって、違って見えるようになるかもしれません。 ●事実は小説よりいきなり(事実は小説より奇なり)「だって、いきなりだぜ」 女房に逃げられた小説家志望の友人が血の気の失せた顔で言った。「『ただいま』って玄関開けたら、いきなり『さよなら』って出てったっきり、それっきりよ。ふつう『ただいま』って言ったら、とりあえず『お帰りなさい』だろう。何それ。たしかに、小説でも、持って廻った修飾語やくどくどしい説明なんかが多過ぎる長い文章ってえのは大抵駄作なんだけど、それにしたってこれじゃあ、あんまりにも短文過ぎるよなあ。短文どころか文章にもなってねえよ。多少の前書きを並べといてくんなきゃ何が何だか」●自信なくなり家事親父(地震かみなり火事親父)リストラ時代の悲劇である。●金は万票のもと(風邪は万病のもと)政治家の好む座右の銘。●故郷に小錦を飾る(故郷に錦を飾る)ハワイの或る町では、どの家に行っても、小錦のぬいぐるみが飾ってあるらしい。人形メーカーの担当者の話では、等身大のものはあまり売れていないとのことである。●老婆は一日にして成らず(ローマは一日にして成らず)当たり前である。 ◎ここがポイント・「ことわざ」の類のただのパロディーではありません。現代を「風刺」しただけのものでもありません。それらを含みこんで、かつてなかった世界が眼前に広がります。・「いろはうた」や「いろはたとえ」など、優れたことば遊びの伝統のある日本。その伝統を踏まえて、詩人である著者が、日本語を駆使して、現代版のとっておきのことば遊びを展開します。・読めば、思わず声を挙げて笑ってしまいます。気分転換に最適なのはウケあい。ひょっとしたら、正しいことわざも覚えられるかもしれません。◎こんな人にお薦め・人生に疲れてやる気が出にくくなっている人。・人間関係がわずらわしくて、どこかへ逃げ出したい人。・もっと笑いたい、でもお笑い芸人の芸は馬鹿馬鹿しいと思っている人。・アイデアに行き詰まって、ものごとが進まず、発想の転換をしたい人。・日本語やことばに興味があって、それをもっと磨きたいという人。 ……などなど、多様な人のお役に立つかも。 掲載されている文章・写真・イラストの著作権は、それぞれの著作者にあります。それ以外の著作権はまどか出版にあります。
[] 悪妻盆に帰らず――ことわざウラ世界 ことわざウラ世界(森真紀・著):まどか出版
[引用サイト] http://www.madokabooks.com/bd/ISBN4-944235-19-4.html
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Last Updated 2007/ 02/ 14/ 16時36分17秒
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