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東京都下に凄まじい店がある。その名もスタミナ飯店、名物メニューは、スタミナ丼。どんなものかと言うと、豚肉をニンニクと醤油のつけ汁にからめ、ネギや海苔とともに丼飯に乗せたもので、生玉子をかけて食するのだが、とにかく量が半端ではない。並盛りでも、ふつうの丼飯の2人前近い量で、私などは持て余すが、大盛となるとさらに凄い。大振りなラーメン用の丼に、信じられないような量の御飯と豚肉が盛られている。おそらく、御飯だけでも4合はあるのではないだろうか。一食ではなく四食分ほどの量である。このスタミナ丼の店は、国分寺と立川あたりに展開しているが、早稲田と品川にもあるらしい。店内は高校生から20代の食べ盛りの男性ばかりで、山盛りの丼を平らげていく。見ているだけで、気持ちのよい光景だが、実際、若い時分は、いつもお腹が空いている。若者が何かをむさぼるように食べているのは、実に気持ちのよいもので、これは男女を問わず、同じではないだろうか。個人的には、ダイエットなどと言わず、どんどん食べる女性のほうが、健康的だし、魅力的だと思う。とはいえ、スタミナ丼の店に女性の姿を見かけることはめったにない。私の年齢になると、食が細くなり、飲みながら、あれこれつまむような食べ方がふつうになるので、単品を大量に食べるのは、苦手になってくる。それだけに、若い食欲が炸裂しているような、スタミナ丼の店の眺めには、圧倒されるものがあった。 裏山で、うぐいすが鳴いている。今年、初めて聞くうぐいすの声だが、外はうららかで、春の匂いがする。今年は暖冬だったから、桜の開花も例年より早いに違いない。5泊6日のホテルの缶詰め生活から抜け出した翌日、水曜日は、前の晩に届いた詩論集『戦後詩を滅ぼすために』の再校をチェックしていた。私にとっては、『潜在性の海へ』に続く2冊目の詩論集となるが、『潜在性の海へ』が、40代前半に書いた文章によって編まれているのに対して、『戦後詩を滅ぼすために』は、20代の後半に書いた文章が中心となる。刊行は、初夏の予定だが、この本は、「大冊」と評された『潜在性の海へ』をしのぐ厚さになるだろう。それだけにゲラの量も半端ではないが、眼性疲労から来る肩と首の凝りがひどく、デスクに長く座っていられないうえ、集中力を著しく欠き、思うように進まない。翌日は、続けてゲラのチェック。夕方、散歩がてら、小町の遊吟舎に立ち寄って、28日のEdge in Bookshop、「鎌倉で田村隆一を語る」の打ち合わせが出来たのは収穫だった。帰宅して、映画の連載コラムのために伝説的カルト・ムービー、「アタック・オブ・ザ・キラートマト」を見る。ホラーなのに、まるで怖くないどころか、爆笑して脱力するしかないというすざまじい作品である。この映画に関しては、別にアップしよう。翌朝、コラムの原稿を書き上げて、編集部に送り、海外旅行用の大きなリモワのトランクに着替えを詰め込んで、再び、東京へ。またもや、ホテルで缶詰め生活の始まりである。おそらく、今回の滞在で、昨年から続いた長丁場の仕事も一段落がつくことになると思うのだが。 連日、資料を当たっては、執筆するという日々を送っていたので、肩凝りがひどく、そのせいか、明け方に奇妙な悪夢を見た。ドアを誰かがノックしている。どうやら、私は1Kの昔風のアパートにいるらしい。流しの窓を開けると、おばさんらしき人影が見えた。「どなたですか?」「アイスクリームはいかがでしょう?」新幹線でもあるまいし、今どき、アイスクリームの訪問販売なんて売れるわけがないだろう。ヘンなおばさんである。「結構です」断って部屋に戻ろうとしたが、振り返って見ると、おばさんは立ち去る気配がない。そのアパートは、なぜか、ドアが全面、擦りガラスで出来ていて、そのドアごしに、おばさんのシルエットが見える。すると、おばさんは、ガラス切りを持ち出して、ドアに丸く穴を開け、手を入れて、鍵を開けようとしているではないか!なんという奴だ。不法侵入してまで、アイスクリームを押し売りしようとしているとは。私は文句を言うべく、ドアを開けた。すると目の前に立っていたのは、なんとクラシックなことに、目も鼻も口もない「のっぺらぼう」、小泉八雲風に言えば、「ムジナ」だったのである!相手が不法侵入してまでアイスクリームの押し売りをしようとしている妖怪となると、容赦はいらない。人間にアイスクリームを押し売りしてはいけないという教訓を与えるべく、私はミドルキックと掌打を連発して、ムジナをブロック塀まで追い詰め、渾身の右回し蹴りを顔面に叩き込んだ。これで、終わりだろう。そう思ったのだが、なんと、ムジナはまったく平気で、私の攻撃は、ほとんど効いている様子がない!慌てて、裏拳を頸動脈に叩き込もうとしたら、今度は見事にブロックされてしまった。「つ、強い!」背筋に冷たいものが走った瞬間に、目が覚めた。夢でまで、妖怪と格闘したりしているのだから、ますます疲れるのも当たり前だが、しかし、あのムジナは、本当に強かった。あれ以上、戦いつづけたら、負けたあげくに、アイスクリームを買わされていたかも知れない。しかし、なんで、顔面への回し蹴りが効かなかったのだろう?そもそも、口もないのになんで「アイスクリームはいかがですか」なんて言えるのだろうか?ベッドのうえで考えていた私は、突然、ひらめいたのである。「タコと同じだ!」どういうことか分からんという人もいるだろう。説明しよう。タコは、頭と足から成り立っているように私たちは思っているが、それは、たんに「頭」と呼んでいるから、頭だと思っているだけで、私たちがタコの頭と呼んでいる部分は、実は頭ではなく、消化器官がほとんどだから、実際は「お腹」である。おそらくは、ムジナも頭だと思って、私が攻撃した箇所は、頭ではなく、お腹とかお尻であった可能性が高い。つまり、急所ではなかったことになる。冷静に考えるならば、頭のように見えても目も鼻も口もないのだから、重要なパーツであるはずがない。もし、次に夢に出てきたら、胴体部に攻撃を集中して、ムジナと雌雄を決しよう、寝ぼけた頭で、私は、そんなことを考えていた。そのときは、一見、派手な蹴り技ではなく、地味に見えるのに、信じがたいほどの破壊力を秘めた中国北派最強をうたわれる、八極拳の必殺技を放って、押し売りのムジナを退治するのだ。私は、ようやく、心安らかに、もういちど寝ることにしたのだが、ムジナは恐れをなして逃げたのか、夢には出てこなかった。 こうして、私は、クラシックな妖怪、ムジナに完璧な勝利を収めたのである(?)。 「LEON」と言えば、「ちょい不良(ワル)オヤジ」などの流行語を生んだメンズ・ファッション誌。この女性版が「艶女(アデージョ)」を目指す女のための「NIKITA」なのだが、どちらも、なかなか楽しい。とにかく、抜群に面白いのは、コピーのセンスで、何といっても、ジョークが効いている。編集スタッフが、ときには爆笑しながら、楽しみつつ作っているような感覚が伝わってくるようで、しかも、レオン・オヤジは、ひたすら二キータのためにオシャレするというコンセプトも笑える。イメージ・キャラクターがジロラモなのからも分かるように、ファッションとしては、イタリア系、掲載されている商品は、高額なものが多く、ターゲットは、40〜50代のオヤジといったところか。私見では、杉本徹氏が「LEON」愛読者ではないかと睨んでいるのだが、本当はどうなのだろう?それに対して、別の意味で笑えるのが、「Free&Easy」だ。こちらは、アメリカン・カジュアルのファッション誌だが、対象年齢は、「LEON」とほぼ同じ、やはり、オヤジ向けの雑誌である。こちらは、本気のこだわり雑誌で、ワークやミリタリーなど、労働着をメインにボロボロのアメリカ古着などをありがたがる、いわば、男の自己満足を賞揚するというもので、キイワードは「ラギッド」、「荒々しく男性的ない」という意味である。提案しているスタイルは、古着をコーディネートに加えたヴィンテージ・ミックスらしいが、もし、その通りの格好をしたら、ひたすら、薄汚くなるだけで、女性には嫌われるだろうとしか思えない。ウンチクを傾けたあげくに、納得するのは自分だけという、その自己満足ぶりが悲しくも面白い。しかも、読者は経済的にも余裕のある都市生活者だろうが、なんで、日本の都市生活者が、アメリカの労働者や農夫や兵隊さんの格好を真似しなければならないのか、冷静に考えると、理解に苦しむところがある。こちらは、いわばある種のオヤジのコスプレのようなもので、まったく女性を意識しているとは思えず、ひたすら二キータのためというレオン風ちょい不良(ワル)オヤジの対局に位置していると言っていい。ちなみに私も、年齢的には、両誌のターゲット層に属しているが、どちらも、たまに買っては爆笑しているだけで、とても「読者」とは言えそうもない。 高橋昭八郎さんから、お手紙をいただいた。相変わらず、創造に対して、過激なまでに前傾姿勢で、こちらが逆に元気づけられるほどである。高橋昭八郎さんの盟友であり、高橋さんとともに北園克衛率いる、「VOU」の会員だった伊藤元之さんからも先日、お手紙をいただいたのだが、手紙とともに、「作品」も同封されており、しばし、眺め入ることになった。タイトルは、〈ワタクシハ トウクニ 「私は遠くに」〉、I’m further 、1985年。電報をポストカードにしたもので、電文は次のようなものである。ワタ」クシ」ハトウ」クニそして、さらに電報の下には、次のような言葉が印刷されている。ワタ(綿)[wata]cottonクシ(櫛)[kusi]combハトウ(波濤)[hato]wavesクニ(国)[kuni]landいわば、この作品とは、日本語の一文を音によって分割し直すことで、別の意味を生成させるというものであり、それが、音と表意文字である漢字、さらに同じ意味を持つ英語と並記されることによって、言語じたいの可塑性と恣意性を示すものなのだと言っていい。さらに、そうした一切によって、、フルクサスのアーティストよる「美術」作品に見えないこともないこの作品が、あくまでも「詩」にほかならないことを宣言しているのだと考えることが出来るだろう。チャーミングな見かけながら、示唆に富んだ前衛的な「視覚詩」だと言うしかない。この作品が制作された1985年は、私が26歳で、第一詩集『召喚』を上梓した年だが、戦後の現代詩のかたわらで、世界とコンタクトを取りながら、こうした前衛的試みが続けられていたことを、私たちは忘れるべきではないだろう。 誰もが、自分に不足しているなどとは、決して考えないもののひとつに、想像力がある。ところが、想像力に恵まれていると思う人に、出会ったことは、ほとんどない。これは、実に興味深いことだと思う。だから、当然のように、私の暮らしぶりなども、推測できる人はいないわけだが、もちろん、そんなものを推測出来ても何の意味もないのは、言うまでもない。だいたい、私自身がよく分かっていないのだから。ともあれ、5泊に及ぶワシントンホテルでの缶詰め生活をいったん抜け出して、鎌倉に帰宅したのは、火曜日のこと。ホテルという場所は、便利なようでいて、なぜか、異様に疲労感がつのるところである。ところが・・・「缶詰め? カッコいいですね!」とある人から言われてしまった。カッコいい?子供のころ、チョコボールの「おもちゃの缶詰め」には本気で憧れたが、もの書きの缶詰めなんて、過酷なだけで、「カッコいい」はずがない。私の基準では、どちらかと言うと、「ダサい」出来事である。さすがにウンザリしたが、誤解を解くのも面倒なので、そのままにしておいた。しかし、昨年から続いている、この缶詰め生活のおかげで、これまで、整理出来ずにいた東洋思想への理解を私なりに深めることが出来たのは、何よりの収穫で、それは、いずれ、私の書く詩や批評にも反映されていくことだろう。今の自分と比べると、数年前までの自分が、いかに何も知らなかったのか、痛感されるところである。ヴァージョンアップした「城戸朱理」に期待していただきたい(?)。 「大人買い」という記事で、当分、レッドウィングには近づかないようにしようと決意を表明したが、レッドウィングのショップには足を向けないようにしているものの、かわりに先日、BUTTERO(ブッテロ)のショップに立ち寄ってしまった。ブッテロは、イタリアはトスカーナの工房で、ブッテロ(イタリアのカウボーイ)というブランド名からも分かるように、本国では牧童向けの乗馬用のブーツも供給している。ヘビーデューティな作りながら、ワイルドさとモード感の絶妙なバランスがあり、平均価格帯が6万前後であるにもかかわらず、一昨年あたりから、人気モデルは入荷と同時に即日完売というブームを巻き起こしているので、御存知の方も多いだろう。巷で流行っていようが、いまいが、私には関係ないが、困ったことに、ブッテロは、最近の私の好みにピタリと一致してしまうのだ。とりわけ、コンバットブーツをアレンジした編み上げのブーツなどは、革の質感といい、存在感といい、文句なしに素晴らしい。ただし、このブーツは、いつも入荷と同時に、完売してしまうので、私は、いまだに自分のサイズのものに遭遇したことがない。私が購入したのは、牛革とオイルドスウェードの切り返しがある乗馬用のブーツだが、革の質感が、やはり無骨なアメリカ製ブーツとは違う。だからと言って、いちいち買う必要はないのだが、こればかりは、一種の病気だから仕方がない。いや、本当に仕方がないのか?自問してみなければならないところである。 和合亮一氏から電話があった。8月に中国青海省で開催される国際詩祭の件での連絡だったのだが、そのあと、今年のイベントの相談になった。「今のところ、12月だけ、イベントの予定がないんですけど」12月だけ?「8月なんかは、もう毎週末にイベントで」毎週!!「12月にやりませんか、Edgeのイベント?」12月は、現代俳句協会九州大会の講演を引き受けたので、私は鹿児島に行くことになっている。つまり、10月に開催される「鎌倉文士、鹿児島で語る」に引き続き、鹿児島に行くわけで、しかも、講演が終わってから、宮崎に泊まり、私にとって、九州で訪れたことがない唯一の県、大分は、別府温泉に行くというコースを設定したのは、ほかでもない、「南国王」高岡修氏である。私としては、国東半島を回り、さらに福岡に行って、もし可能ならば、唐津に高橋昭八郎氏を訪ねたいと思っていたので、どう考えても、一週間は九州にいることになる。Edgeイベントの開催は、無理だろう。しかし、今年のEdgeイベントの予定がいまだに立っていないのは事実で、これは、年が明けてから、2月の「地下室への誘惑〜女声詩の交響日」、そして、今月の「鎌倉で田村隆一を語る」、ふたつのイベントの準備と運営に追われたうえ、ホテルに缶詰めになっている時間が長すぎるからだろう。動いている企画じたいはあるのだが、開催時期の設定がなかなか難しい。まず、Edge in 金沢。三井喬子氏の御尽力で、会場の当たりはついたが、いまだに、日時と出演者は決まっていない。それから、ヴィジュアル・ポエトリーとフルクサスをめぐって、詩と美術、言葉と事物を考察するイベント。これは、私自身がディレクターをつとめる予定だが、まだ、会場が未定である。また、和合亮一氏を中心に運営委員会を作り、ネット系、ストリート系の詩人も交えて、リーディングのイベントを開催し、その様子じたいを番組化して、今日の詩をめぐる、日本語のカタログとなるような「LIVE!Edge」を制作するというプランも現実化していかなければならない。さらに考えているのは、Edgeゲーリー・スナイダー篇、ナナオ・サカキ篇を上映して、ビート・ジェネレーションの意義を問い直すイベント、数年先に構想しているのは、エズラ・パウンドをめぐるイベントだが、これは、長期の準備が必要になる。現在、石田瑞穂ディレクターによって、7月あたりに古本をめぐるイベントが予定されているが、内容は未定。「地下室への誘惑」に続く、女性詩人のイベントも杉本真維子ディレクターに考えてもらわなければならないだろう。問題は開催時期である。この数年、年が明けたときには、年末までの予定が、あれこれ入ってしまっているのが普通になったおかげで、うまくスケジュールを調整できないのだ。年とともに、自分の仕事をする時間がなくなっていくことを痛感するが、冷静に考えると、情けない話である。しかし、それでも、やるべきことは、やっていかなければならない。 昔、『淋しい女は太る』という本が、ベストセラーになったことがあった。孤独な女は、淋しさを紛らわすために過食気味になり、結果として太るというのが、その本の主旨だったように記憶しているが、女ばかりではない、淋しい男も太るのである。1980年代前半、コンビニが次々と増えていったころ、近所にコンビニが出来ると、なぜか、ひとり暮らしの青年が太り始めるという「コンビニエンスストア症候群」が蔓延したことがある。どういうことかと言うと、深夜、人恋しくなって、ついコンビニに出かけ、雑誌などを立ち読みしたものの何も買わずに出るのも気がとがめる。そこで、欲しくもないお弁当などを買って、買った以上は、食べてしまうものだから、結果として太るわけである。つまり、淋しいと太るのは、男にも女にも共通した出来事なのだと言っていい。かく言う私も、今年に入ってから、仕事でホテルに泊まっている日が、すでに3週間を超えており、なかばホテルで暮らしているようなものだから、おかげで、身体が重い。当たり前である。ふだんは、朝食は取らず、コーヒーのみ。1日2食か、場合によっては1食のことさえあるのに、ホテルに泊まっていると、まず、朝食を食べることになる。そのうえ、昼もホテルで済ますこともあり、夜は夜で、ホテルで食事することもあれば、打ち合わせがてら、身分不相応な店に連れて行ってもらうことが多い。おまけに、ほとんど動かず、座りっぱなしで調べものをしては、原稿を書いているのだから、これで痩せたら、奇跡というものだろう。淋しい男も太るのである。 007の新作、「カジノ・ロワイヤル」が公開され、007誕生のエピソードが明らかになったが、言うまでもなく、007、ジェームズ・ポンドは、大英帝国の諜報部員、より正確には、英国内の諜報活動を担当するMI5に対して、対外的な諜報活動を担当するMI6の工作員である。だから、気づいている人は少ないが、007は、「パタリロ!」に登場するバンコランの同僚ということになる(!)。パタリロが統治するマリネラ王国は、ダイヤモンドの産出国という設定だったのを思い出してもらいたい。ダイヤモンドの世界市場を掌握し、価格を調整しているのは、大英帝国だから、マリネラは大英帝国にとっても、きわめて重要な国であり、その国王警護の任を担って、MI6でも腕利きのバンコランが、いつもパタリロのそばにいるわけである。ちなみに、パタリロは、いつもとんでもないことばかりしでかしているが、実は、オックスフォードだったか、ハーバードだったか、名門大学で学び、茶羽根ゴキブリの生態の研究で、博士号を取っている秀才という設定だった。話がそれたが、007は、イアン・フレミングの原作で読むと、ひどく俗っぽく、読むに耐えない代物であるのは、知っている人ならば、納得してもらえると思う。その原作で、いつも美女を傍らにキャビアなぞを食べ、ウォッカ・マティーニを飲んでいる007が、敵に監禁され、空腹のあまり、山盛りのスパゲッティ・ボンゴレを空想する場面があって、なぜか、印象に残った。本当に空腹だと、贅沢は言っていられない。イメージするのは、コースでゆったり食べる料理なぞではなく、山盛りのスパゲッティだというのは、なかなかリアリティがある話ではないか。ただし、本当のスパゲッティ・ボンゴレは、実に旨いもので、レシピも驚くべきものである。なにせ、4人分のボンゴレを作るのに、2キロものアサリを使うのだから。作り方じたいは、それほど難しいものではない。厚手の鍋、ビタクラフトのようなステンレス多層構造鍋が理想的だが、そこに、水は入れずにアサリを入れて、火にかける。口を開けたものから、順に取り出し、殻から身を外していく。アサリの加熱が終わるころには、鍋にはアサリから出た汁がかなりの量になっている。この汁に刻んだニンニクを加えて香りを付け、アサリの身を戻して、刻んだパセリとともに茹で上げたスパゲテッィに和える。アサリから塩分が出るので、塩は加えない。コツは、最低でも2人前以上作ること。1人分を作ろうとしても、うまくいなかい。これが、スパゲッティ・ボンゴレで、あとは、きりりと冷やした白ワインがあればいい。たしかに、空腹のときにイメージしたくなるようなパスタである。
[] 城戸朱理のブログ
[引用サイト] http://kidoshuri.seesaa.net/
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Last Updated 2007/ 03/ 11/ 13時05分55秒
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